2019年1月8日火曜日

愛する一人息子を遣わしてくださった父なる神


それは愛する息子であった。

彼は、

『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、

最後にその息子を遣わした。

                                 マルコの福音書126


イエスは、ある時たとえを話されました。
「ある人がぶどう園を造って、農夫たちに貸して、旅に出かけました。
季節になったので、ぶどう園の収穫の分けまえを受け取りに、
しもべを農夫たちのところへ遣わしますが、
彼らは、そのしもべをつかまえて袋だたきにし、
何も持たせないで送り帰します。
その後にも、多くのしもべを遣わしますが、
彼らは袋だたきにしたり、殺したりしたのです。

その人は、
『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、
最後にその息子を遣わします。
すると、その農夫たちは
『あれはあと取りだ。
   さあ、あれを殺そうではないか。
  そうすれば、財産はこちらのものだ。』
そう言って、彼をつかまえて殺してしまい、
ぶどう園の外に投げ捨てるのです。

これはイエス・キリストご自身のことを言われたのでした。
父なる神様は、預言者を遣わしてもユダヤ人が悔い改めないので、
最後に愛する一人息子であるイエス・キリストを遣わしたのに、
ユダヤ人は、そして人類は彼を拒み、十字架で殺してしまうのです。

しかし、その十字架が私たち一人一人の救いとなりました。
まさに神の愛の大きさと偉大さです。

今、あなたも私も
父なる神様の一人息子のイエス・キリストを信じて
心に迎えることができます。

その時、永遠の命が与えられ、新しい人生が始まります。

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