2018年6月11日月曜日

天に召される。 5日の日記

諫早教会の小淵牧師が、天に召されました。

高速バスで福岡から大分に向かっていると、
ある牧師夫人から携帯に電話が入りました。
バスの中なので出れませんでした。
その後、教会からも電話が入りました。
やはり出れません。
それで、パーキングで休憩のときに
こちらから電話をかけました。

「もしもし・・電話をもらったようですが・・」
「今朝、小淵牧師が召されました。」
突然なので驚いて、全く声が出ませんでした・・・
しばらくお互いに沈黙が続きました。
それでは・・と電話を切った後、
再び電話がなり、
葬儀のことをどうしたらいいかということでした。

電話を切った後、すぐに妻と教会に連絡し、
対応してもらいました。

明日の6日の夜に前夜式、
明後日の7日の午後に告別式を、
神のしもべ長崎教会で行うことになりました。



大分に着いてみると、久しぶりに
ある方のお父さんが来ておられました。
お話を聞くと入院されていたとか・・・
今もリバビリをしているということでした。

体は元気になったとか、
でも精神的に弱くなりました。
と言われ、
大好きだったゴルフにも行けなくなったと
笑顔で、でも寂しそうに話しておられました。


とても祝福された聖会を終えて、
再び、バスで長崎へ帰りました。


教会に戻ると、
小淵牧師の遺体が置かれていました。
奥様とお嬢様とともに祈りました。
よみがえることを願って・・・

isaiah

2018年6月2日土曜日

早天、祈祷、神学校、そして東京羽田空港へ、ハードな1日 1日の日記

6月になりました。
戦いの5月が勝利に終わり、この6月、とても楽しみです。

今日は金曜日、
5時半から早天、
9時から6時間祈祷、
ここで祈ったことが次々に答えられているのでやめられません。
といっても、実際は、順番に寝ている人がいる中、祈っているのですが・・・
神様は寝ている人ではなく、祈っている人の祈りを聞いてくださり、それで良しとしてくださっているようです。

3時に終わり、いつもは休憩を30分してから、神学校の収録ですが、
今日は東京に行くので、準備が出来次第神学校収録、
しかも2科目続けてです。
教師もですが、生徒も朝からハードですね。

収録が終わり、いつもあるラジオを任せて、
5時7分のバスに飛び乗りました。
出すはずの手紙を2通手に持っていたのにいつの間にかなくなっていました・・・
最近、こんなことが多いのです・・・
電話して教会を探していただきましたが、見つかりません。
感謝です。
心から感謝です。

長崎空港につき、チェックイン、
19:15発の飛行機で羽田に向かいます。
羽田空港が混んでいたようで、空港までは早めに着いたのですが、羽田空港の上を何回も旋回して、予定より遅れて着陸。
でも、そのおかげで聖書がたくさん読めました。
最近、飛行機に乗ると、字が見づらくて、聖書が読めなかったのですが、
今日は祈っていたので、しっかり読めました。

それから阿佐ヶ谷のホテルへ。
ホテルに着いた時には 10時を回っていました。

遅めの夕飯を、一服してから蕎麦屋さんで食べました。

充実していた1日でした。

isaiah

2018年5月31日木曜日

心筋梗塞から奇跡の回復

今朝、鹿児島からら朝イチの熊本行き高速バスに乗り、人吉へ。

人吉インターの高速バス停で
人吉協会のダビデ村上牧師が待っていてくれた。
彼の運転する車に乗ると、
今では軽作業もできるようになりましたと
と嬉しそうに仕事の話をされる。

今までいつも会うたびに心筋梗塞以来、
20キロ以上痩せてしまった彼を見ると心が痛く辛かった。
でも、今日は明らかに元気そうでした。

聖会会場に着き、聖会が始まると、
特別賛美の時、彼が奥様や長女と賛美した。

その時、半袖を着ていた彼の腕がはっきりと見えた。
腕の先の方と手が日焼けしている。
その線がくっきりと見える。
そして腕も随分太くなっていた。
元どおりになると太り過ぎだから、ちようどいい具合だと思う。

何かとても感動した。
1日病院に行くのが遅れていたら、彼は死んでいたかもしれない。
体重は20キロ落ち、痩せこけて、
仕事も運転も禁じられた。
一生薬を飲みながら障害者として生きて行くしかないと
医学的には診断された。

彼が言うには一年間、何もできなかった。
妻とともに祈り、運転も妻に頼り、
ほとんどお金にならない障害者の社会厚生施設での仕事をした。
喜んで感謝をしてした。

一年経った時、神様の愛と奇跡が始まる。
本も型枠大工のプロフェッショナルだった彼に、
元いた会社から声がかかる。
最初は社長代理の仕事が与えられ、
力とごとはしなくて済んだ。
気がつけば運転もできるようになり、
軽作業もできるようになった。

そして、今、食事がとても美味しくて食べれるようになった。

日焼けした笑顔を見ながら、
太くなった日焼けした腕を見て、
本当に彼がイエス・キリストを信じていてよかったなと思った。

神様、ありがとうございます。
そしてダビデ牧師、おめでとう。
これからも体を大切にして、
一緒に愛する主イエスとともに、
永遠のために働きましょう。

isaiah

2018年5月23日水曜日

イスラエル決定:ー共に戦い続けた牧師達に感謝  21日の日記

月曜礼拝で奉仕をしました。
いつもは妻がしますが、
今日は妻はお母さんと家でオンライン礼拝ということで、
私が奉仕をしました。

それから、預言の語り込み、
神学校の録画撮りを前倒しでしました。
いつも録画してくださる方が、
もうすぐパソコンのことを学ぶため取れなくなるので・・・
日本二十六聖人と浦上キリシタンの迫害と殉教の歴史
電動学ー社会奉仕
の2コマです。

今年は、カンボジアは行けるのかな?
ザンビアにも行きたいと強く願っています。
ストリーズキッズを実際この目で見て、
彼らとじかに触れ、話したいという思いがどうしてもあります。
そして。それを書いて紹介し、多くの方からサポートをいただきたい。
また映像部と写真部に一緒に行ってもらい、映像と写真で伝えてほしい。
そういう強い願いが今、あります。
神様、よろしくお願いします。

そのあとは賛美祈祷会、
これもいつも妻がしているのですが、
今日は私が導くことに、
ところが途中で、プイと帰る人が・・・
導きが良くなかったかな・・・

合間に食事をして、
それから、再び、預言を語り込み、
そして牧師会。

ここで昨日与えられた多額十一献金のことを確認し、
牧師会全員が、
私がイスラエルに行くことに賛成してくださり、
派遣費として飛行機代を出すことになり
イスラエルが確実になりました。

飛行機代は、高くなっていたのが、
最終的には13万5千円で取れました。
本当に感謝です。

国内線と前泊はこちらで取ります。
マイレージとポイントで取れるかな?

一緒に戦ってきた牧師達、
心から喜んで、
私がイスラエルに行くことに賛成し
笑顔と喜びと拍手で神様に感謝してくれる牧師達。
私は、かなり横暴な牧師だったと思います。
パワハラなんて言葉がありますが、
下手したら危なかったかもしれない・・・
それでも教会を離れず、
私のカバーの元にい続けて、共に戦い続けた牧師達。

ありがとう。
神様に、
そして、この牧師達の一人一人に
心から感謝をせずにはおれません。

30周年が経ち、
これから、いよいよ
リバイバルの大収穫に向かって行くこの時に、
神様の本当に深い愛と憐れみに、
ただただ賛美と栄光を捧げます。

isaiah

30年が経ちました。Re: 22日の日記

長崎に遣わされて日付的にも30周年がたちました。
1988年5月22日日曜日でした。
朝、5:22に寝坊して起きたと思ったら、
実は5月22にちでした。
おかげで4時代の早天を夫婦でして、
それから西坂へ。

あの丘で夫婦で小雨ぱらつく中礼拝をしたのです。
私が叫ぶのとお腹に臨月の子がいたので、
途中から妻は雨宿りを兼ねて端の方に行きましたが。

今日は、朝から昨日買ったバス券風見当たらなくて、
困りました。
朝四時に目が覚めトイレに行った時、
今、聖書を読むといいなという促しが強くあったのですが、
読まなかったら・・・

実はバス券は聖書の中に挟まれていました。
あの時すぐ聖書を開いて読んでいたら、こんなに困らなくてすんだのです。
なんて愚かなんでしようね。
従っていれば、朝から慌てることなく、もっと祈れたのに・・・

午前中は妻とともに教会のことに関して祈り、
それから熊本へ。

そのことは、また後で・・・

isaiah

2018年5月16日水曜日

電車に忘れたカバンが見つかった、JR五反田駅員さん、お客様センターの方、感謝します。

朝からホテルで朝食、
バイキングでしたが、
大好きなご飯は食べず、パンも食べず、
おかずはしっかりと食べました。

それから歩いて本厚木駅へ。
急行に乗り新宿へ。
JRに乗り換えて、五反田で・・・

ここで事件が起こりました。
切符がないとポケットを探し、
やっと見つけて改札へ、
外に出て孤児院へ向かう途中、
はっと気づけば、

か・ば・ん  がない!!!!!!!!!

慌てて駅に引き返し、駅員さんに伝えると、
この駅員さん風いい人でした。
丁寧に、かつ的確に対応してくださいました。
でも今のところありませんと、
ただお問い合わせセンターの電話番号をくださり、
何度もかけてください。と言ってくださいました。
その電話番号を書いた
「お忘れ物のご案内」
という紙をもらって孤児院事務所へ。

小田急にも電話で連絡しました、
こちらもとても丁重な対応で感心しました。

それから事務所でミィーティング。
12時半を過ぎ、1時近くに終了。

小田急から探したけどなかったと丁寧な連絡がありました。

もう一度五反田駅に行き、
電車でなくて、駅かもしれないというと、
もう一度駅の落し物を確認し、やはりありませんと、
そして交番と京急池上線にも行くといいと教えてくれました。
とにかく対応が丁寧で良かったので、本当に感謝でした。

交番でしばらくかかり、池上線へ。
どちらでもありませんでした。
JRのお問い合わせンターへは電話しても
すぐにつながらなかったのですが、

四時過ぎに事務所を出て、帰る時にもう一度電話すると、
ありました。ありました。
びっくりしました。
そして隣の大崎駅の落し物拾得物に保管してあるということです。
助かりました。
帰る前に見つかったのです。

ずーと心で感謝していました。
そして色々と悔い改めて、
この中にある神様のメッセージを聴きながら、
とにかく感謝していましたが、
本当に帰る前に見つかるとは驚いています。

神様(イエス・キリスト)に心から感謝します。

そして、JRの駅員さんたち、
五反田駅、
お問い合わせセンターの方、
交番のお巡りさんも丁寧でした。

そして、今回対応してくださったのは、みんな男の方でした。
でも、本当に親切でこちらの心がへこみそうな時に、とても慰められました。
大げさと言われるかもしれませんが、
JR東日本を見直しました。

伊丹で見送り東京へ、聖路加で四女と昼食、そして本厚木で三男と夕食 15日の日記

朝から伊丹へ、
ほほ同時間に旅立つ息子をゲートに行き見送り、
羽田行きのゲートから飛行機に乗り東京へ。

そのまま築地にある聖路加国際大学へ。
門で待つ四女とともに、四女が立ち上げた礎の石の部活へ。

お昼に終わり、四女と昼ごはんを食べに。
四女のリクエストでデニーズへ。
四女と、こうして食事を二人で食べるようになったのは、東京に彼女が来てからですね。
食事の後、彼女は今しているバイトプラスバイトをする面接に行くとか・・・
寿司屋さんだそうです。
回転寿司ではなく、築地にあるまともな寿司屋、
そば屋に寿司屋とこの子はますます太るだろうな・・・
でも本人も認める幸せ太りなので・・・
神様に感謝です。

楽しい食事間の時間が終わり、
本厚木まで、メトロと小田急を乗り継いで到着。
ホテルに直行し、しばし休憩、聖書を読みました。
三男から連絡が入り、駅まで行って、三男と夕食、
ガストに行きました。
三男も充実している様子、
今年、神学校を卒業するので卒論のことを話してくれました。

それから狩れば教会へ。
私はホテルへ。
夜、再びホテルに来た彼と、彼のアパートへ行き一緒に祈りました。

昨日から、長男、次女、次男、四女、三男、
と子供達と食事や祈り、良い時間を持てました。

神様、ありがとうございます。

isaiah