2018年10月7日日曜日

「わたしの心だ。きよくなれ。」マタイの福音書8章3節

「わたしの心だ。きよくなれ。」
    マタイの福音書83

当時、ツァラト(らい病)は汚れた病気と言われていました。
そのツァラト(らい病)に冒されていた人が、
イエスさまのみもとに来て言いました。

「主よ。お心一つでわたしをきよくしていただけます。」

イエスは手を伸ばして、彼にさわり、

「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われたのです。

ツァラト(らい病)に触れると、その人も汚れると言われていました。
ですから、誰も触れることはもちろん、近づくこともしませんでした。

ところが、
イエス・キリストは、この人のツァラト(らい病)に触れられたのです。

イエスさまならツァラト(らい病)に触れなくても、
「きよくなれ。」と言えば、
完全にツァラト(らい病)は消えて治ったはずです。

ところが、イエスさまはこの人に触れ、それから言われたのです。

「わたしの心だ。きよくなれ。」と。

すると、すぐに、この人のツァラト(らい病)は癒されきよめられました。

イエス・キリストは、この人をツァラト(らい病)のままで愛しておられました。
ツァラト(らい病)が直ったから、愛するのではなく、
ツァラト(らい病)のままで、そのままで愛しておられたのです。

だから、そのツァラト(らい病)に手を触れられて、それから言われたのです。

「わたしの心だ。清くなれ。」と。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。
そのままのあなたを愛しておられます。
病気であっても、
弱さがあっても、
足りなくても、
失敗だらけでも、
そのままであなたを愛しておられます。

そして、そのあなたを癒して清めて、強くしてくださるのです。

イエス・キリストの愛は完全です。

2018年10月6日土曜日

求めなさい。そうすれば与えられます。マタイの福音書7章7節

求めなさい。そうすれば与えられます。
                  マタイの福音書77

「求めなさい。そうすれば与えられます。」
この聖書の言葉はとても有名なことばで、
祈りの原点と言われています。

子どもがお父さんやお母さんに素直に求めるように、
遠慮せず本当に欲しいもの、必要なものを求める時、
父なる神さまは答えてくださるのです。

二番目や三番目ではなく、
一番欲しいもの、一番必要なものを大胆に求めましよう。
ためらうことなく、父なる神さまに求めましょう。

イエス・キリストの御名によって祈る時、必ず答えられます。

イエス・キリストの十字架があるので、
私たちは、どんなにふさわしくなくても、
神さまから答えていただくことができるのです。

2018年10月5日金曜日

自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。マタイの福音書5章44節

自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
        
          マタイの福音書544

敵を憎むことは誰にでも出来ます。
でもイエスさまは
「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」
と言われました。

敵を愛することは、私たちには出来ません。

でもイエス・キリストを信じて聖霊を与えられた私たちには、
許し愛することができます。
それは、イエス・キリストが十字架にかかって、
私たちを赦し、
私たちの間にある憎しみを打ち砕いてくださったからです。

その大きな神様の愛の力の中で、
敵を許し、愛することができるるのです。


交通事故にあって四肢が全て動かなくなってしまつた18歳の青年とその家族は、自分を轢いた青年とその家族を許せませんでした。
でも、ある牧師を通してキリストを信じた彼とその家族は、聖書を学び神の言葉に触れるうちに会い轢いた青年とその家族を許し、愛するようになりました。
まさにこれは奇跡です。
今では、ともに主を信じて礼拝し働くようになっています。

十字架には、このような和解の力、許しの力があるのです。

2018年10月4日木曜日

あなたの兄弟と仲直りをしなさい。マタイの福音書5章24節

あなたの兄弟と仲直りをしなさい。
      マタイの福音書524

誰かと喧嘩をしたり、仲違いをしてしまうことはありませんか。
意見が違ったり、自分を認めてくれないと
私たちは腹を立てたり、ムカついたりしてしまいます。
でも、そのまま相手を許さないままでいると
相手に対してというより、自分自身が祝福されません。
相手を許して、和解することが大切です。
時には、間違いを認めて謝ることも必要でしょう。

でも、そんなに簡単にできることではありません。
どうすればいいのでしょう。

イエス・キリストに目を向け、彼に祈ることです。

イエス・キリストは罪とは何の関係もなかったのに、
罪の裁きと責めと呪いの全てを、
私たちの身代わりに引き受けて十字架にかかられ、
神であられた方が神に捨てられてよみ、地獄に行かれました。

あなたを、私を愛しておられたからです。

この十字架を見上げる時、私たちに許す力が出てきます。
この方に祈る時、和解する力、許す力、謝る力が湧いてきます。

2018年10月3日水曜日

あなたがたは、世界の光です。マタイの福音書5章14節

あなたがたは、世界の光です。
   マタイの福音書514

私たちがイエス・キリストを信じる時、私たちのうちに聖霊が宿られます。
イエス様が私たちの内に住んでくださるのです。
これを聖霊の内住、キリストの内住と言います。

キリストは、どんな暗闇の中でも輝く光そのものです。

私たちがどんなに暗くても、
キリストがうちに住んでおられるので、
あなたも私も世の光、世界の光となれるのです。

世界が暗くなればなるほど、
キリストを信じる私たちは、
世の光、世界の光となって輝くのです。

2018年10月2日火曜日

『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』

イエスは答えて言われた。
『人はパンだけで生きるのではなく、
      神の口から出る一つ一つのことばによる』
                                        と書いてある。」
                                       
                                            マタイの福音書44節 


私たち人間はパン、つまり食物を食べないと死んでしまいます。
パンは必要なのです。
でもパンだけ食べていれば心や霊も生かされるのでしょうか。
美味しいものをたくさん食べ、お腹がいっぱいになっている人が、
必ずしも幸せであるとは限りません。

私たち人間には、心と霊があります。
神の口から出ることばは、その心の糧であり、霊の食べものです。
それが書かれているのが聖書です。
聖書を読み、聖書に触れ続ける時、
私たちの心は豊かになり、霊は強められ、
本当の幸せと生きがいのある人生を見いだすことができます。

2018年10月1日月曜日

悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。

「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」マタイの福音書3章2節

悔い改めと聞くと、懺悔を連想して暗いイメージを持つ人が多いようです。
でも「悔い改め」というのは「向きを変える」ということです。
つまり「方向転換」するのです。
神さまを気にせず、自分の考えで、自分のしたいままに生きてきた人生から、
命をかけてあなたを愛してくださったイエス・キリストを信じて、
神さまとともに歩く人生に向きを変えることです。

今まで神さまに背を向けていたことを認めて、
悔い改めて、つまり向きを変えて、
神様を信じて神様の方に向いて、
神さまの愛と光の中を歩く人生を生きることです。

祈りましょう。
「神様、私は今まで確かに神様に背を向けて自分で歩いてきました。
 でも今悔い改めて、イエス・キリストを信じて神様の方を向き、神様の愛と光の中を生きたいです。
 私の今までの罪を赦して、新しい人生を新しい命をください。」